標準シナリオを上回る減速を招きかねない“火種”について最後に触れておこう。
第一に、不動産バブル崩壊と地方政府の財政 悪化(破たん)である。リーマン・ショック後 の景気対策として、中央政府からの財源の裏付 けがない分を地方政府が負担しており、地方政 府の財政赤字が急速に拡大した。また、地方の 不動産開発事業の拡大とともに、公式統計には 計上されていない地方融資プラットフォーム 会社30経由の借入が増大しているとみられ、一 部で焦げ付きも報告されている。中央政府の不 動産引き締め策の継続により、不動産関連の地 方政府収入が減少するなか、一部の地方政府の 財政赤字を中央政府が補てんせざるを得ない 状況に陥る可能性は否定できない。
第二に、政治・社会の急速な不安定化がある。現在、経済の安定的成長に向けて、緩や かな民主化が進められているが、その改革速度を上回って所得格差は拡大している。新政 権の求心力は現時点で未知数だが、今後の改革のスピードや政府の汚職や腐敗体質などに 対し、民衆の不満の拡大が急速かつ大幅に高まる場合には、現時点で可能性は低いとはい え、政治体制が大きく揺らぐリスクはある。また、そうした事態まで発展しなくとも、政 治面で中国のビジネス環境が今後さらに悪化する可能性はある。
30 地方融資プラットフォーム会社とは、公共投資プロジェクトの資金調達機能を担う目的で、地方政府 およびその関連機関が出資し、設立した法人。
資料:CEICより三菱総合研究所作成 図表 中国の一般政府財政収支
1.6 1.3
0.6 0.9 1.3 1.1
-1.5 -2.1
-2.8 -3.3
-4.0 -4.6 -0.2
-1.0 -1.0 -0.9 -0.8
-6.0 -5.0 -4.0 -3.0 -2.0 -1.0 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
兆人民元
中央政府
地方政府 合計
その他
(3)ASEAN経済の展望 拡大する労働力人口
ASEAN5
31の人口は、10
年の5.2
億人から30
年には6.2
億人まで増加するとみられ、イン ドネシアやフィリピンを中心に人口の増加が続くであろう。これに伴い、労働力人口も2.6
億人から3.2
億人まで増加するとみられ、中国とは対照的に、労働投入の増加が成長に寄与 し続けるであろう。ただし、出生率の低いタイなどでは、20 年代にかけて徐々に少子高齢化が進展するとみ られ、労働投入による成長の押し上げ幅は鈍化していくであろう。
生産拠点としての存在感の高まり
90
年代後半にアジア通貨危機により海外からの 投資が大幅に落ち込んだASEAN5
であるが、00年 代後半以降、再び投資先として存在感を高めている。その背景には、①経済のファンダメンタルズの改 善、②6 億人もの豊富な人口と所得水準向上を背景 とする内需の拡大期待、③域内外での自由貿易協定
(FTA)締結による生産拠点としての地位確立、④ 中国からの移転需要の受け皿、などが挙げられる。
特に、自動車産業や電気機械業において、生産能 力が大幅に拡大しており、
ASEAN5
の自動車生産台 数は、00
年の95
万台から12
年には422
万台にまで31 タイ、マレーシア、フィリピン、インドネシア、ベトナムの5ヶ国。
1.4 1.7
2.2 2.6
3.0 3.2
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5
1980 1990 2000 2010 2020 2030 億人
インドネシア ベトナム フィリピン タイ マレーシア
資料:国連, World Population Prospectsより三菱 総合研究所作成
図表 ASEAN5の労働力人口
資料:国連, World Population Prospectsより三菱 総合研究所作成
図表 ASEAN5の年齢別人口構成
60 40 20 0 20 40 60
0-4歳 5-9歳 10-14歳 15-19歳 20-24歳 25-29歳 30-34歳 35-39歳 40-44歳 45-49歳 50-54歳 55-59歳 60-64歳 65-69歳 70-74歳 75-79歳 80歳以上
百万人 2030年 2010年
(単位:万台) 2000年 2012年 変化率%
中国 207 1,927 831%
米国 1,280 1,033 -19%
日本 1,014 994 -2%
ドイツ 553 565 2%
韓国 311 456 46%
ASEAN5 95 422 343%
インド 80 415 421%
ブラジル 167 334 100%
メキシコ 193 300 55%
資料:OICA資料より三菱総合研究所作成 図表 自動車生産台数
4
倍以上増加している32。ASEAN-FTA 網の拡がりや、インドネシアをはじめ各国で進むイ ンフラ整備もこうした動きを後押しするであろう。このように投資先として注目を集める
ASEAN5
であるが、生産を担える人材の育成は遅 れている。就業構造をみると、農業従事者の割合が、ベトナムの48%、タイの 39%、イン
ドネシアの36%と依然高い。また、大卒以上の高度教育人材も不足が指摘されており、教
育など人的資本への投資が喫緊の課題となっている。爆発的に増加する個人消費
都市と農村の所得格差は引き続き存在する が、最低賃金の引き上げや近年の農産物価格 の上昇による農業収入の増加もあり、都市部 住民のみならず、所得水準の全体的な底上げ が進んでいる。
10
年の各国一人あたりGDP
をみると、タイ が5,000
ドル、インドネシアが3,000
ドル、フ ィリピンが2,000
ドル、ベトナムが1,000
ドル 程度となっており、今後、中間層が拡大し、耐久財消費や住宅需要が爆発的に増加するフ ェーズに入っていくとみられる。
内外需の両輪で成長持続も、生産性向上が鍵
ASEAN5
の成長率は、30年に向け労働力人口の増加ペースは徐々に鈍化するが、①海外からの投資増加とそれに伴う輸出競争力の向上、②所得水準の向上による内需の拡大を背 景に、堅調な成長を維持するとみられ、実質
GDP
成長率は、11-15
年+5.5%、16-20
年+5.3%、21-25
年+4.4%、26-30年+3.9%と予想する。ASEAN5
のリスクとしては、第一に、賃金の伸びに生産性の伸びが追いつかず、成長が鈍化する可能性(いわゆる中進国の罠)が挙げられる。ASEAN5 諸国では、各国の内需拡 大政策もあり、最低賃金の引き上げや労働争議の頻発などにより、賃金が上昇傾向にある。
低賃金を強みとしてきた製造工程の一部は、ミャンマーやバングラデシュ、カンボジアな
ど
ASEAN5
周縁国へ移転する動きもみられるなか、ASEAN5が成長を続けるには、生産性向上により、先行する台湾や韓国と伍する競争力をつけていく必要がある。生産性向上に は先進国からの投資の呼び込みが必要なことは言うまでもなく、①インフラの整備、②財 政赤字の削減、③人的資本の強化、④法制度の整備(汚職の削減)など投資環境の整備が 重要である。
32 12年の422万台のうち、250万台がタイの生産台数。
資料:実績はIMF、予測は三菱総合研究所
図表 一人あたりGDPと消費の発展段階
2000 2010 2020 2030
1960 1970 1980 1990
0 5,000 10,000 15,000 20,000 25,000 30,000
(単位:米ドル)
一人当たり名目GDP
マレーシア タイ
インドネシア フィリピン
ベトナム
中国 インド
日本 中間層拡大期
耐久財 普及期 消費財 拡大期
第二に、中国同様、社会保障制度や所得の再分配がまだ充分には機能しておらず、経済 発展の過程で所得格差がさらに拡大する可能性が高い。汚職度も高いなか、農村と都市、
正規と非正規の間での格差が一定の幅を超えて拡大した場合には、労働争議やデモの頻発 により、工場の操業停止など、ビジネス環境が悪化する可能性もあり、注意が必要であろ う。
資料:三菱総合研究所作成
図表 中進国の罠の概念図
図表 汚職度順位
注:全176ヶ国中のランキング。
汚職度が高いほど順位が下がる。
資料:Transparency International
(2012年) 順位
日本 17
台湾 37
韓国 45
マレーシア 54
中国 80
タイ 88
インド 94
フィリピン 105
インドネシア 118
ベトナム 123
ミャンマー 172
0 50 100 150 200 250 300 350 400 US$
2010年8月 2011年8月 2012年10月
図表 製造業作業員の月額基本給
資料:JETRO「在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査」
より三菱総合研究所作成
技術力:高度
(高度な技術力を要する 商品の生産が可能)
技術力:低度
(労働集約的 産業が主)
技術力:中度 技術力
賃金(ひとりあたりGDP)
【中進国】
中国、タイ、
マレーシア 他
【後進国】
インドネシア、ミャン マー、ベトナム、ラオ ス、バングラデシュ
他
【先進国】
日本、米国、
ドイツ他
【新興工業国】
韓国、台湾 他
技術力の壁
1千ドル未満 5千-1万ドル 2万-3万ドル 5万ドル超
(4)インド経済の展望 20年頃に世界一の人口大国へ
インドの人口は
20
年頃に中国を抜き、世界一の 人口大国になると予想される。労働力人口が高い伸びを維持するとみられるほ
か、中国や
ASEAN
諸国と比べても人口構成が若く、労働投入面では経済成長の底上げ要因となる。
製造業へのテコ入れとインフラ整備が課題
インドの産業構造は、サービス産業の
GDP
シェアが
64%となっており、中国の 43%やインドネシ
アの
38%と比べて高い水準にある。一般的な経済発
展のパターンと異なり、製造業が未発達なままサー ビス業が成長している背景には、インドのサービス 業が輸出産業として一定の成功を収めていること がある。インドの貿易収支は大幅な赤字であるが、
サービス収支は黒字であり、
12年は 3.1
兆ルピー(約5.3
兆円)の外貨を稼いでいる。情報技術や語学面 での人的資本の強みを活かし、通信・IT サービス での稼ぎがその太宗を占める。製造業の発達が遅れる背景には、インフラの未整 備もある。道路の未舗装率の高さなど、物流網の未 熟さが旧来から指摘されている。中国のように土地 収用など強権的なインフラ整備ができないだけに、
これが産業振興の足かせとなる可能性もある。
中長期的な成長の持続に向けては、製造業の高度化は不可避である。インドは長らく外 資導入を規制し国産化政策をとってきたが、90 年代以降、外資規制を緩めつつあり、海外 からの直接投資も増加傾向にある。インドの弱点とされるインフラの整備や教育水準の向 上への取り組みを進め、外資の力も借りて輸出競争力を高めなければ、貿易赤字やルピー 安、恒常的なインフレなどの問題も解決せず、中国のような発展は難しいであろう。
中間層拡大による消費の爆発的増加は30年以降
人口が世界最大となることが見込まれるインドにおいて、消費市場拡大の期待は大きい が、インドでは農村部を中心に、
1
日あたり支出が2
ドル以下の貧困層とされる人口が全体の
65%を占めており、中間層の拡大の前に、貧困層の所得水準の向上が課題となっている。
こうした所得格差問題の背景には、インドの歴史的・社会的背景もあり、解決は容易では
資料:国連, World Population Prospectsより三菱 総合研究所作成
図表 インドの人口面での優位性
資料:CEICより三菱総合研究所作成 図表 インドの経常収支
-10 -8 -6 -4 -2 0 2 4 6
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
所得収支 移転収支 サービス収支 貿易収支 経常収支 兆ルピー
(2030年時点) インド 中国 ASEAN5
総人口 15.2億人 13.9億人 6.2億人
高齢化比率 8% 16% 11%
最多年齢層 15-20歳 40-44歳 25-29歳 労働力人口
伸び率 +0.9% 0.0% +0.6%